現実のPBがドラマ「プライベートバンカー」を考察してみた【第8話】
こんにちは!WealthLeadの濱島です。今回は、今年からスタートしたドラマ「プライベートバンカー」について、このドラマに登場するようなプライベートバンカーは現実的なのか、ドラマで描かれた内容も含めて、思うところを語ってみたいと思います。
今回は、「事業承継税制」と「遺言書」、そして「資産家・経営者が今すぐ取るべきステップ」についてお話しします。
1. 事業承継税制
第8話で庵野が提示した「相続税0円スキーム」は、フィクションのようでいて実は現実の税制に基づいたものです。これは「事業承継税制の特例措置」と呼ばれる制度で、日本の中小企業の円滑な事業承継を支援するための特例です。劇中ではプライベートバンカーの庵野がこのスキームを提案し、「長男・努が後継者として社長に就任し、会社を非上場化した上で、相続税をゼロに抑える」という大胆な計画が示されました。ポイントを整理すると、以下のようになります
- 非上場企業であることが条件
事業承継税制は対象が中小企業(=非上場会社)に限られます。そのため、ドラマでも上場廃止(非上場化)する必要がありました。 - 株式の承継に伴う相続税・贈与税を猶予・免除
先代経営者(丈洋)から後継者(努)への株式や事業用資産の移転にかかる相続税・贈与税の納税を、100%猶予してもらうことができます。猶予とは「今は払わなくてよい」という措置ですが、一定の条件を満たし続ければ最終的に支払いが免除=税金ゼロになる仕組みです。
具体的には、後継者の努が5年間は代表者として会社を経営すること、従業員の雇用もおおむね維持することなどが求められます。
この5年の事業継続期間を無事に終えた後も、後継者が株式を保有し続け会社を存続させれば猶予は続き、やがて後継者が死亡した時点で猶予されていた税は全額免除されます。
つまり、先代から後継者への相続税は後継者が健在な限り払わずに済み、後継者が亡くなればチャラになるという大胆な制度です。この免除は、さらに次の世代への承継(例えば努からその子へ株式贈与)を行った場合にも継続し、文字通り相続税・贈与税を「実質ゼロ」にできる特例なのです。 - 事業承継税制は期間限定の特例
実はこの制度、ずっと使えるわけではなく、期間限定となっています。平成30年度(2018年)の税制改正で大幅に拡充された特例事業承継税制は、令和9年(2027年)末までの相続・贈与が対象で、それまでに計画を提出し実行する必要があります。政府は今後10年間で集中的に事業承継を進めてもらおうと、計画提出期限を定めてこの制度を運用しています。したがって、活用したい経営者は計画作りや申請を早めに行う必要があります。
以上が事業承継税制の概要であり、税金のために自社株を手放す必要がなく、中小企業オーナーの中には納税資金に悩まされずに円滑承継できたという声も聞かれます。しかし一方で、失敗事例やリスクも存在します。最大のリスクは「猶予取り消し」、つまり一度ゼロに近づいた税金が復活してしまう事態です。例えば後継者が5年以内に代表を辞任したり、会社の業績悪化で事業継続が困難になったりして、条件を満たせなくなるケースです。その場合、猶予されていた相続税の納付義務が復活し、場合によっては利子税も含めて多額の税金を一括で支払わねばならなくなります。想像してみてください。税金0を見込んでいたのに5年後に突然数億円以上もの支払いが発生したら…恐ろしいですよね。。。
また、「後継者の資質」の問題もあります。ドラマの努のように経営能力が不足している人物に単に家族だからと継がせてしまうと、会社が傾き、リストラせざるを得なくなって条件未達になる可能性が高まります。実際にも、ふさわしくない人が後継者になったことよって事業が悪化してしまったケースや、承継後に親族内紛が起きて会社が分裂してしまった例があります。
つまり節税ありきで後継者を決めたり事業承継を進めたりするのは危険であり、あくまで事業の存続・発展が第一、節税策はそれを効率的に実現するための手段として捉えるべきなのです。
まとめると、事業承継税制は「使えば必ず得をする魔法」ではなく、「使いこなせば非常に有効な道具」です。その条件とリスクを正しく理解し、自社の状況に合えば専門家の助けを借りて積極的に活用する価値があります。ただし、制度に頼り過ぎず後継者の育成や事業計画の充実といった本質的な準備を怠らないことが、成功への鍵となります。
2.遺言書の法的有効性のポイント
続いて、遺言書の有効性についてです。第8話では創業者・丈洋の遺言書が複数存在し、それぞれ内容が異なるため「どれが本当に有効なのか?」が争点になりました。このように複数の遺言書が出てくるケースでは、まず注目すべきは記載された日付です。法律上、遺言書が複数ある場合は「最新の日付の遺言書」が優先されることになっています。10年前と5年前の遺言書が見つかったら、5年前の内容が基本的に採用されるわけです。
これは遺言者の最終の意思を尊重するためで、後から作られた遺言によって以前の遺言は撤回されたものとみなされます。したがって、ドラマのように二つ遺言書があれば、より新しい日付の遺言書が法的に有効となるのです。
次に留意すべき点は、その遺言書が法律の定める方式を満たしているかという点です。いくら日付が新しくても、方式不備の遺言書は無効になりえます。遺言書の作成方式としては主に、「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」の3種類があります。自筆証書遺言は、遺言者本人が全文を自書(自筆)し、日付・署名・押印をしたもの。これは紙とペンさえあれば作成できますが、要件(全部自筆など)を一つでも欠くと無効になったり、偽造のリスクが指摘されたりします。
公正証書遺言は、公証役場で公証人が作成する遺言です。公証人と2名の証人の立会いのもとで遺言者が遺言内容を口述し、公証人が文章を作成します。公正証書遺言は形式面では確実であり、偽造や変造が困難なため裁判でも有力な証拠になります。
秘密証書遺言は、自書またはパソコンで作成した遺言内容を封印し、公証人と証人に存在のみを証明してもらう方式です。ドラマでは長男・努の持ち出した遺言はおそらく自筆証書遺言で、入院中の丈洋に書かせたものです。
一方、美琴が弁護士と用意した遺言は公正証書遺言のように見せかけた偽造文書だったようです。さらに次男・昴(丈洋の次男)が密かに持っていたという「メモ用紙の切れ端に書かれた遺言書」も登場しました。このように筆跡や形式の違う遺言書が複数出てくると、「本当に本人が書いたのか?」「認知症の状態で書いたものは有効か?」など偽造・無効を疑う余地が出てきます。特に自筆証書遺言は本人の筆跡で書かれていることが重要で、明らかに筆跡が異なれば偽造を疑われますし、日付の有無や正確さも問われます。
物語後半では、長男の努は焦りから取り乱し、昴の持参した遺言書をその場で破り捨てるという暴挙に出ました。さらに、美琴が提示した遺言書が実は偽造されたものであると判明します。この二人は遺産を手に入れようと焦るあまり、ついに一線を越えた行為に及んでしまったわけです。
しかし、実はこの行為こそが彼ら自身に大きなダメージをもたらしました。法律上、重大な不正行為をした相続人は「相続欠格」という扱いになり、相続人としての資格を失ってしまいます。相続欠格に該当する行為として定められているのは、例えば「故意に被相続人を殺害した」場合や「被相続人を脅して無理やり遺言を書かせたり変更させた」場合などがあります。
そして第8話のケースに直結するのが「遺言書の偽造・変造・破棄・隠匿」です。遺言書を偽造したり隠したり、破いたりする行為は、自分に有利に働かせる目的であれば、法律で相続欠格事由と規定されています。そうした不正を行った相続人は、一切の遺産を受け取れなくなるのです。ドラマではまさに、努は昴の遺言書を破棄したことで相続欠格となり、皮肉にも自ら相続権を失ってしまいました。また美琴も、弁護士を使って偽の遺言書を作成させていたことが発覚し、相続資格を失う結果となりました。二人は後継者争いに勝とうとして違法な手段に出たわけですが、その報いとしてどちらも相続人から除外され、全てを失う結末を迎えたのです。「欲をかきすぎると全てを失う」という教訓めいたメッセージすら感じられます。
現実にも、遺言書を勝手に破棄・隠匿したり、偽造した遺言書を提出して親族同士が訴訟沙汰になるケースがあります。遺言の偽造・破棄は刑法上も罪に問われますし、相続欠格となればその人は初めから相続人ではなかったものとして扱われます。ドラマのように露骨で劇的な例は稀かもしれませんが、「自分が少しでも多く遺産を得たい」と不正に手を染めれば、一円ももらえなくなるどころか刑事罰まで受ける可能性があるわけです。
3. 資産家・経営者が今すぐ取るべきステップ
最後に、富裕層やオーナー経営者の方が現実に備えるべき具体的なポイントを整理しておきます。
- 事業承継の計画を今すぐ立てる
オーナー経営者の方は、後継者を誰にするか早めに決め、承継プロセスの計画を立てましょう。後継者が決まらないままだと、万一の時に今回のドラマのような社内外の混乱を招きかねません。適任者が親族や社内にいない場合はM&Aを検討するなど、会社を存続・発展させる道筋を描いておくことが重要です。
また、今回解説した事業承継税制の活用も検討しましょう。専門家に相談し、対象要件に当てはまるのであれば、特例措置の期限もありますから、「まだ先の話」とせず早めに準備を始めることが肝心です。 - 遺言書・相続対策の整備
個人資産については、遺言書を必ず作成しておきましょう。特に資産家の場合、遺言がないと法定相続分で機械的に配分され、今回のドラマのように「誰にどれだけ継がせるか」で揉める原因になります。公正証書遺言で作成し、公証役場に保管すれば偽造や紛失の心配もありません。もし遺言を書き直したい場合は、最新の内容が有効になるよう古いものを破棄するか、「本遺言をもって従前の遺言を撤回する」旨を明記してください。加えて、生前贈与や信託の活用、生命保険の活用など、相続税対策・紛争防止策は多岐にわたります。ご自身の資産状況に応じて専門家と対策を講じ、「誰に何を遺すか」を明確にしておきましょう。遺産分割の方針を生前に家族と話し合っておくことも有効です。「自分がいなくなった後」のシナリオを具体的に描いておくことが大切です。 - 信頼できる専門家をチームに入れる
富裕層の資産管理や事業承継には、税務・法務の専門知識が不可欠です。信頼できるプライベートバンカーや、税理士さん、弁護士さんといった方たちの力を借りましょう。事業承継税制を使うにしても遺言書を作るにしても専門家のチェックがあれば不備なく作成できますし、節税スキームも最新の情報を踏まえて提案してもらえます。資産規模が大きい方ほど、「お金」「法律」「税金」のプロを味方につける価値が高いといえます。 - コンプライアンスと信頼の維持
「日頃からの信頼関係構築」もポイントです。いくら法的に万全の遺言や承継計画を用意しても、残された家族の間に不信感や確執があれば、結局揉め事に発展する可能性があるからです。今回のドラマでも、家族それぞれが自分の欲得で動いていたために泥沼化しました。
現実でも、例えば後継者に指名された子供と他の兄弟の仲が悪いと、遺留分減殺請求(遺留分侵害額請求)などで争われるケースがあります。そうならないためにも、平素から家族とよく話し合い、会社の経営においても株主や従業員との信頼関係を築いておくことが大切です。前回のブログでお伝えした「ファミリーガバナンス」の整備も有効です。
また、当然ですが、不正や違法行為は絶対に避けましょう。相続欠格のように一発アウトの罰則もありますし、何より企業や家族の信用を傷つけてしまっては元も子もありません。
4. まとめ
現実の世界でも、今回紹介したような家族間の軋轢や法的トラブルは起こり得ます。しかし逆に、適切な準備と知識があれば円満に解決・回避できる可能性も高まります。ドラマの中で主人公が提示した「家族の欲あぶり出しスキーム」は極端なものでしたが、その裏には「相続では人の本性が出る」という現実が描かれていたように思います。皆さんにはぜひ、そうした事態にならないよう前もって計画的な相続対策を心掛けていただきたいと思います。
最後に一言。「頭と尻尾はくれてやれ」という相場格言が出てきました。相続・承継でも同じかもしれません。あまり欲張らず、公平と誠実さを持って臨むことが、結果的にご自身の財産と大切な家族を守ることにつながるでしょう。このブログが、皆さんの賢明な相続・事業承継の一助になれば幸いです。